現在の研究内容
私の主な研究分野は「整数論」です。数学は、代数・解析・幾何・統計など、いくつかの大きな分野がありますが、整数論は通常代数に分類されます。整数論には、素数が無限に存在する中で、それらがどのように分布しているのかという大きな問いがあります。その解明に深く関わるのがリーマンゼータ関数で、これに関連して提唱された「リーマン予想」は、160年以上たった今も誰にも証明されていません。
研究者には、「対象」により重きを置く人と「方法」により重きを置く人という、2つのタイプがあるのではないかと思っています。もちろん、同じ研究者でも論文によって趣旨は異なると思いますが、私はどちらかというと後者で、整数論を研究する上で「何を調べるか」よりも「どう調べるか」という方法そのものに興味をもっています。整数論の方法は、大きく「解析的手法」と「代数的手法」に分かれますが、私は解析的な手法を使って研究しています。特に関心を持っている対象はあるのですが、現時点では対象をあまり限定せず、比較的広く見ています。まずはこれまでの古典的な手法を学び、実際にやってみて論文を書いていく。そこから、別の対象に応用してみたり、少し工夫を加えてみたりする。オーソドックスな方法を少し改良するだけで、より良い結果が出ることもあります。そういうことを繰り返しつつ、自分の中の「解析の世界」を少しずつ広げていく、という感覚で研究しています。
もう一つ、副専攻として取り組んでいるのが「アザラシの歯のかたち」の研究です。こちらは整数論とは逆で、方法というよりも、「アザラシ」という対象そのものに興味をもって研究を始めました。もともとアザラシが大好きで、他分野の研究をするなら、絶対にアザラシと決めていました。アザラシは15種類ほどいるのですが、歯の形が意外なほど全部違うんです。もちろん似てるのもあるんですが、変わった形の歯を持つ種類もいます。そこには遺伝的な要因だけでなく、食べ方や餌の種類、住んでいる環境なども関係しているはずです。そうしたさまざまな要因との関わりを知るために、「歯のかたちを解析することで、生物の進化の理解を深める」というような研究もしています。
私の主な研究分野は「整数論」です。数学は、代数・解析・幾何・統計など、いくつかの大きな分野がありますが、整数論は通常代数に分類されます。整数論には、素数が無限に存在する中で、それらがどのように分布しているのかという大きな問いがあります。その解明に深く関わるのがリーマンゼータ関数で、これに関連して提唱された「リーマン予想」は、160年以上たった今も誰にも証明されていません。
研究者には、「対象」により重きを置く人と「方法」により重きを置く人という、2つのタイプがあるのではないかと思っています。もちろん、同じ研究者でも論文によって趣旨は異なると思いますが、私はどちらかというと後者で、整数論を研究する上で「何を調べるか」よりも「どう調べるか」という方法そのものに興味をもっています。整数論の方法は、大きく「解析的手法」と「代数的手法」に分かれますが、私は解析的な手法を使って研究しています。特に関心を持っている対象はあるのですが、現時点では対象をあまり限定せず、比較的広く見ています。まずはこれまでの古典的な手法を学び、実際にやってみて論文を書いていく。そこから、別の対象に応用してみたり、少し工夫を加えてみたりする。オーソドックスな方法を少し改良するだけで、より良い結果が出ることもあります。そういうことを繰り返しつつ、自分の中の「解析の世界」を少しずつ広げていく、という感覚で研究しています。
もう一つ、副専攻として取り組んでいるのが「アザラシの歯のかたち」の研究です。こちらは整数論とは逆で、方法というよりも、「アザラシ」という対象そのものに興味をもって研究を始めました。もともとアザラシが大好きで、他分野の研究をするなら、絶対にアザラシと決めていました。アザラシは15種類ほどいるのですが、歯の形が意外なほど全部違うんです。もちろん似てるのもあるんですが、変わった形の歯を持つ種類もいます。そこには遺伝的な要因だけでなく、食べ方や餌の種類、住んでいる環境なども関係しているはずです。そうしたさまざまな要因との関わりを知るために、「歯のかたちを解析することで、生物の進化の理解を深める」というような研究もしています。
研究のやりがい
研究のやりがいを感じるのは、どうしても証明がうまくいかず行き詰まっているときに、発想の転換ができた瞬間です。すでに確立された古典的な手法があって、「ここまでは分かりました」というところまでは進める。でも、その方法ではどうしても越えられない、「ちょっとだけ残っている部分」がある。そこに対して、「こういう工夫を入れたら、もっといけるんじゃないか」って思いついたときが楽しいですね。ただ机に向かって思いつくことは少なくて。むしろ、お風呂に入っているときとか、リラックスしているときが多いですね。何も考えてないはずなのに、ふっと「できたかも」と思いつく。その瞬間は、本当にうれしいです。
もう一つやりがいを感じるのは、「夢に近づいている」と実感できたときです。学部1年生の頃から、「いつか使ってみたい」と思っていた方法があったんです。ただ、修士に進んでも、どうやってそれを使えばいいのか全く想像がつかなくて。正直、あまり近づいている感覚はありませんでした。そんな中で、博士1年生のときに4か月間カナダに行ったことが、大きな転機になりました。自分の研究テーマのイメージを現地の研究者の方に話したとき、「直接、助言することは難しいけど、こういう考え方もあるよ」と、確率論を紹介してもらったんです。確率論に出会って、「あれ、もしかして近づいたかも」と初めて思えました。実はそれが、今取り組んでいる博士論文のテーマにもつながっています。博士課程まで進学したことで、ずっとぼんやりしていた夢が、まだ目的地には辿り着いていないんですが、少しずつ形になってきた感覚があります。それを実感できたときは、本当にうれしかったですね。
研究のやりがいを感じるのは、どうしても証明がうまくいかず行き詰まっているときに、発想の転換ができた瞬間です。すでに確立された古典的な手法があって、「ここまでは分かりました」というところまでは進める。でも、その方法ではどうしても越えられない、「ちょっとだけ残っている部分」がある。そこに対して、「こういう工夫を入れたら、もっといけるんじゃないか」って思いついたときが楽しいですね。ただ机に向かって思いつくことは少なくて。むしろ、お風呂に入っているときとか、リラックスしているときが多いですね。何も考えてないはずなのに、ふっと「できたかも」と思いつく。その瞬間は、本当にうれしいです。
もう一つやりがいを感じるのは、「夢に近づいている」と実感できたときです。学部1年生の頃から、「いつか使ってみたい」と思っていた方法があったんです。ただ、修士に進んでも、どうやってそれを使えばいいのか全く想像がつかなくて。正直、あまり近づいている感覚はありませんでした。そんな中で、博士1年生のときに4か月間カナダに行ったことが、大きな転機になりました。自分の研究テーマのイメージを現地の研究者の方に話したとき、「直接、助言することは難しいけど、こういう考え方もあるよ」と、確率論を紹介してもらったんです。確率論に出会って、「あれ、もしかして近づいたかも」と初めて思えました。実はそれが、今取り組んでいる博士論文のテーマにもつながっています。博士課程まで進学したことで、ずっとぼんやりしていた夢が、まだ目的地には辿り着いていないんですが、少しずつ形になってきた感覚があります。それを実感できたときは、本当にうれしかったですね。
博士課程に進学したきっかけ
博士課程に進学した一番のきっかけは、憧れのTA(ティーチング・アシスタント)の先輩がいたことです。授業が終わったあと、教授と当時博士課程の学生だったTAの先輩が話しながら帰っていく。その雰囲気が、当時の私にはものすごくかっこよく見えて、「私もああなりたい」と思ったのが最初でした。学科には数学科専用のサポートコーナーがあって、そこでその先輩と仲良くなり、授業のことや進路のことなど、いろいろ教えてもらうようになりました。気がついたら、「博士課程」「数学者」「大学院」という言葉が、自然と自分の中でつながっていって、進む道が少しずつ形になっていった感じです。学部3年生の進路相談のとき、自分ではかなり悩んでいたんですが、先生の「博士に進むんだよね」という一言に背中を押していただきました。結局、就職活動はしませんでした。教員免許も取っているので、教員になる道もありましたが、「なれると思うもの」より「なれないかもしれないと思うものを選んだほうが、人生は楽しいんじゃないか」と思ったんです。正直、数学者になれるとは思っていませんでした。でも、だからこそ、そっちを選びました。
博士課程に進学した一番のきっかけは、憧れのTA(ティーチング・アシスタント)の先輩がいたことです。授業が終わったあと、教授と当時博士課程の学生だったTAの先輩が話しながら帰っていく。その雰囲気が、当時の私にはものすごくかっこよく見えて、「私もああなりたい」と思ったのが最初でした。学科には数学科専用のサポートコーナーがあって、そこでその先輩と仲良くなり、授業のことや進路のことなど、いろいろ教えてもらうようになりました。気がついたら、「博士課程」「数学者」「大学院」という言葉が、自然と自分の中でつながっていって、進む道が少しずつ形になっていった感じです。学部3年生の進路相談のとき、自分ではかなり悩んでいたんですが、先生の「博士に進むんだよね」という一言に背中を押していただきました。結局、就職活動はしませんでした。教員免許も取っているので、教員になる道もありましたが、「なれると思うもの」より「なれないかもしれないと思うものを選んだほうが、人生は楽しいんじゃないか」と思ったんです。正直、数学者になれるとは思っていませんでした。でも、だからこそ、そっちを選びました。
博士課程で大変だったこと・その乗り越え方
博士課程で大変だと感じるのは、学会発表や講演などの予定が重なったときです。準備に追われて、気持ちも体もいっぱいいっぱいになることがあります。そんなときは、高校時代の野球部の合宿を思い出して、「あれより大変なことはない」と自分に言い聞かせています。女子野球部がない高校だったので、男子の野球部に所属していて、練習メニューも男子とまったく同じでした。体力的にきついこともあったのですが、その経験があるからこそ、「今回も大丈夫」と思えます。
もちろん精神的にきついときもありますよ。私の場合、数学の基礎を幅広く勉強する時間を十分にとってこなかったように思うので、他の大学院生とお喋りをしているときに知識不足を感じたりして、落ち込むこともあります。そんなときや研究集会で講演する日には、野球漫画『MAJOR』を読んだり、アスリートの動画を見るようにしています。「見せるところだけはかっこよく」というのが自分の軸なので、主人公やアスリートが見えないところで必死に努力して「試合中は絶対にかっこよくいる」姿を見ることで、気持ちを切り替えています。
博士課程で大変だと感じるのは、学会発表や講演などの予定が重なったときです。準備に追われて、気持ちも体もいっぱいいっぱいになることがあります。そんなときは、高校時代の野球部の合宿を思い出して、「あれより大変なことはない」と自分に言い聞かせています。女子野球部がない高校だったので、男子の野球部に所属していて、練習メニューも男子とまったく同じでした。体力的にきついこともあったのですが、その経験があるからこそ、「今回も大丈夫」と思えます。
もちろん精神的にきついときもありますよ。私の場合、数学の基礎を幅広く勉強する時間を十分にとってこなかったように思うので、他の大学院生とお喋りをしているときに知識不足を感じたりして、落ち込むこともあります。そんなときや研究集会で講演する日には、野球漫画『MAJOR』を読んだり、アスリートの動画を見るようにしています。「見せるところだけはかっこよく」というのが自分の軸なので、主人公やアスリートが見えないところで必死に努力して「試合中は絶対にかっこよくいる」姿を見ることで、気持ちを切り替えています。
博士課程の経験から得たもの・良かったこと
伊藤早苗賞をいただいたことです。伊藤早苗賞は、もともと女性研究者を応援するという趣旨の賞なのですが、授賞式後の懇談の場で、伊藤早苗先生のご主人が「ぱっと評価されにくい独創的な研究にスポットライトを当てたい、という思いもある」という意味の事をおっしゃっていて。その言葉を聞いて初めて、「この賞をもらってよかった」と心から思えました。私の中では、整数論の研究で「これをやりたい」という夢があって、そこに近づくためにいろいろなことをやってきました。ただ、その過程で、扱う対象も使う手法も少しずつ変わらざるをえなかったんです。外から見ると、「今度はそっちなのか」「結局、何に興味があるんだろう」と思われかねません。でも、この賞をいただいたことで、「それでよかったんだ」と思えるようになりました。
もう一つ、教育的な意味でいうと、「メール」です。学会や研究会の世話人を務めたり、他大学の先生方とやり取りしたりする中で、正式なメールを書く機会が一気に増えました。博士課程は「学生」ではあるけれど、同時に「学生ではない一面」もあって、意外と社会人的なことを学ぶ場でもあります。分野によっては名刺交換をしたりしますよね。そういう部分も含めて、博士課程で得たものは大きいなと感じています。
伊藤早苗賞をいただいたことです。伊藤早苗賞は、もともと女性研究者を応援するという趣旨の賞なのですが、授賞式後の懇談の場で、伊藤早苗先生のご主人が「ぱっと評価されにくい独創的な研究にスポットライトを当てたい、という思いもある」という意味の事をおっしゃっていて。その言葉を聞いて初めて、「この賞をもらってよかった」と心から思えました。私の中では、整数論の研究で「これをやりたい」という夢があって、そこに近づくためにいろいろなことをやってきました。ただ、その過程で、扱う対象も使う手法も少しずつ変わらざるをえなかったんです。外から見ると、「今度はそっちなのか」「結局、何に興味があるんだろう」と思われかねません。でも、この賞をいただいたことで、「それでよかったんだ」と思えるようになりました。
もう一つ、教育的な意味でいうと、「メール」です。学会や研究会の世話人を務めたり、他大学の先生方とやり取りしたりする中で、正式なメールを書く機会が一気に増えました。博士課程は「学生」ではあるけれど、同時に「学生ではない一面」もあって、意外と社会人的なことを学ぶ場でもあります。分野によっては名刺交換をしたりしますよね。そういう部分も含めて、博士課程で得たものは大きいなと感じています。
休日の過ごし方
休日は、よく水族館に行っています。年間パスポートを取って、アザラシを見に何度も通っています。あとは、やっぱり野球ですね。幼少期から大学の学部時代までずっと続けてきました。今でも、指導教員の先生とキャッチボールをするのが趣味の一つです。カナダで買ってきた木製バットで素振りをするときは、だいたい400回くらい振っています。体を動かすこと自体が好きで、110kmウォークにも参加しました。「最後まで歩けたら、頑張れる人間である証明になるかな」と思って挑戦しました。ものすごくきつかったですが、途中で地元の方が応援してくれて、なんとか最後まで歩き切ることができました。普段から体を鍛えるという意味では、週2回のランニングも意識して続けています。
休日は、よく水族館に行っています。年間パスポートを取って、アザラシを見に何度も通っています。あとは、やっぱり野球ですね。幼少期から大学の学部時代までずっと続けてきました。今でも、指導教員の先生とキャッチボールをするのが趣味の一つです。カナダで買ってきた木製バットで素振りをするときは、だいたい400回くらい振っています。体を動かすこと自体が好きで、110kmウォークにも参加しました。「最後まで歩けたら、頑張れる人間である証明になるかな」と思って挑戦しました。ものすごくきつかったですが、途中で地元の方が応援してくれて、なんとか最後まで歩き切ることができました。普段から体を鍛えるという意味では、週2回のランニングも意識して続けています。
後輩へのメッセージ
「博士課程に行くかどうか」よりも、まず「自分は何になりたいのか」を考えたほうがいい、ということです。もし研究者になりたいのであれば、戦略的に逆算するのが良いと思います。いつ論文を書くのか、どんなテーマに取り組むのか、いつから動き出すのか。ゴールから逆算できると、日々の過ごし方もはっきりしてきて、毎日が充実してきます。一方で、博士課程に進学したうえで企業に行きたいなら、「どんな企業で、どんな仕事がしたいのか」を先に考えて、それに合った専門性の積み方があるのではないかと思います。「博士に行くかどうか」から考えるのではなく、「何になりたいか」から考えて行動する。そうすると、後悔の少ない選択ができるんじゃないかと思います。
「博士課程に行くかどうか」よりも、まず「自分は何になりたいのか」を考えたほうがいい、ということです。もし研究者になりたいのであれば、戦略的に逆算するのが良いと思います。いつ論文を書くのか、どんなテーマに取り組むのか、いつから動き出すのか。ゴールから逆算できると、日々の過ごし方もはっきりしてきて、毎日が充実してきます。一方で、博士課程に進学したうえで企業に行きたいなら、「どんな企業で、どんな仕事がしたいのか」を先に考えて、それに合った専門性の積み方があるのではないかと思います。「博士に行くかどうか」から考えるのではなく、「何になりたいか」から考えて行動する。そうすると、後悔の少ない選択ができるんじゃないかと思います。