Supporting Women Pursuing Doctoral Degrees 博士号を目指す女性を支援する取り組み

廣瀬 智陽子

2020年9月修了

  • 所属:

    • 福岡県保健環境研究所 環境科学部大気課
  • 部局:

    • 総合理工学府 環境エネルギー工学専攻(都市環境科学研究室)
現在の仕事内容

 大気課に所属して、福岡県内の大気環境や放射能の試験検査を行っています。例えば、ニュースでも取り上げられるPM2.5をはじめ、環境省が指定するさまざまな大気汚染物質の濃度を観測し、そのデータを収集し分析しています。県内には55カ所に常時監視測定局があり、福岡県全体の大気の状況を把握できる体制を整えています。

 また、調査研究として、大学時代から専門としてきた環境シミュレーションの知識を生かして、大気汚染の予報に携わっています。風向風速や気温のシミュレーション、いわゆる天気予報と大気汚染物質のシミュレーションを組み合わせて、大気環境を予測します。今年から光化学オキシダント、PM2.5、二酸化硫黄の3種類の物質の大気中の濃度を3日先まで予測し、気象庁から提供を受けている黄砂のデータと併せて県のホームページやSNSで情報提供ができるようになりました。

仕事のやりがい

 先輩方が何十年もかけて蓄積してきた大気汚染の観測データを基盤に、経年的な大気環境の変化を追い続けています。たとえば、20年前には非常に高かったPM2.5の濃度が徐々に改善してきていることも、その長い積み重ねがあるからこそ見えてくる傾向です。そうしたデータを引き継ぎ、大きな枠組みの中の一員として環境行政に携われることに、責任を感じると同時に、やりがいも感じています。

 また、シミュレーション技術が事業化され、大気汚染予報として実際に県民の皆さまに利用していただけるようになったことは、最近1番嬉しかったことです。行政で研究をするのであれば、出口を見据えた研究をして、最終的にその成果を県民の方々や行政にしっかり還元していくことが大切だと思っています。

博士課程に進学したきっかけ

 私は修士課程を修了した後、企業に就職し、ルームエアコンの設計開発に携わっていました。大学のときに建築環境工学を専攻していたので、室内環境も一体的に考える必要のあるエアコンの開発に興味を持ったことがきっかけでした。転機となったのは、結婚を機に退職して福岡へ戻ることになったことでした。退職後、しばらくは専業主婦として生活を送っていましたが、私にはあまり向いていなかったようで、社会とつながりたいという思いと自分のスキルをさらに磨きたいという気持ちが強くなっていきました。そこで思い切って、修士課程でお世話になった研究室を訪ね、「もう1回勉強させてください」とお願いしたんです。大変有難いことに先生に快く受け入れていただき、博士号取得に向けて研究に取り組むことになりました。

博士課程で大変だったこと・その乗り越え方

 幸い、経済的に大きく困ることはありませんでしたが、一度企業で働き、自分で生計を立てるところまで経験した後に、再び学生に戻るというのは、同世代の人から置いていかれたような気分になり、なんとなく焦りのようなものを感じていました。これは、修士から博士へ進学した学生さんにも少なからず共通するのかなと思います。

 夫が九大で研究職に就いていたこともあり、研究生活にはとても理解がありました。研究はすぐに成果が出るようなものではないですし、どこまででもやれてしまうので、帰りが遅くなることもありましたが、同業者だからこそ分かってもらえたことも多く、とても感謝しています。

博士課程の経験から得たもの

 特に大きな経験のひとつが、1年間の海外留学です。オーストラリアやアメリカの研究機関に籍を置き、生活環境から文化まで、すべてが日本とは異なる環境で研究に取り組みました。大変なことも多かったのですが、その分、本当にいい経験になりました。

  印象に残っているのは、「研究に対する姿勢」を考えさせられた出来事です。ディスカッションの場では、大御所の研究者であっても「分からないことは分からない」と率直に話し、そのうえで「ではどう進めるべきか」を建設的に議論していく様子を見て、「それでいいんだ!」と救いになったことを覚えています。それまでは、博士課程に進んだ当時も、その先も、きっと分からないことだらけなんだろうな、と不安を感じていました。むしろ博士課程はスタートラインであり、研究者としての学びはその後もずっと続き、学び続ける必要がある、そしてそれで良いのだと、改めて実感させてくれました。

今後、取り組んでみたいこと

 今年、ようやく大気汚染予報を県民の皆さまにお届けできる体制が整いました。現在は、この技術を熱中症対策にも応用できないかと考えています。地球温暖化や都市化の影響もあり、真夏日・猛暑日が増え、熱中症による救急搬送者数も増加している深刻な状況です。命に関わるケースもあるため、行政として予防にどう取り組むかが課題になっています。現在、熱中症の警戒アラートは環境省が発信しており、県としてはその情報を住民の方々に届けるような取り組みを行っています。しかし、環境省の観測地点は県内で12カ所しかありません。そこで、シミュレーションを活用して県内の広い範囲をカバーできる予測情報を作り、より綿密な注意喚起につなげたいと考えています。どれくらい先に実用化できるのかは、まだ分かりませんが、環境省が提供するデータとの整合性も確認しながら、どのような形で県民の皆さまに分かりやすく情報を伝えられるかを検討していきたいと思っています。

家庭との両立・休日の過ごし方

 夫も研究者ということもあり、良くも悪くも研究の話題を家に持ち帰ることがあります。ただ、土日は意識的に頭を使わない時間を作って、リフレッシュするようにしています。研究職は、明確なゴールがないので、達成感を感じることが少ない職種だなと感じています。ですので、プライベートでは登山やジョギングなど、「やりきった!」という達成感を感じられることを楽しんでいます。研究以外の時間を一緒に作ることが、結果的に研究の話ができる関係性につながっています。

 読書の時間もよく取ります。それぞれ別の本を読みますが、面白かった本は「これは良かったよ」と交換することもあります。学生時代に研究室の先生方がとても博識で、研究以外にも社会や経済の話をよくされていたこともあって、社会でどんな問題が起きているか、どんな変化があるのかにアンテナを張るようにしています。大型研究費助成の公募を見ていても、最近は、社会的課題に対する解決アプローチを求められている傾向があるように感じます。研究では、細かいところにフォーカスするような力は身に付きます。だからこそ、プライベートでは少し引いたマクロな視点で物事を考える機会を作るように心がけています。

後輩へのメッセージ

 博士課程への挑戦は、いつからでも始められます。もし少しでも興味があるなら、博士課程進学を1つの選択肢として考えて欲しいなと思います。私自身、修士で就職を選んだ当時は、博士課程は、すごく頭が良くて、先生から勧められた人だけが進む道だと思っていました。でも、紆余曲折を経て実際に進学してみると、1つのことを深く掘り下げていくことが好きという気持ちがあれば、それだけで十分素質になると感じるようになりました。

 また、工学分野は女性が少ないと言われますが、私はアカデミアで女性であることで不利益を感じた経験はほとんどありません。むしろ現在は、国としても大学としても、女性を積極的に登用しようという流れがあり、注目してもらえる機会が多いと感じています。だからこそ、女性であることを引け目に感じたり、女性であることを理由に進学をためらったりする必要はありません。今は本当に、女性にとって追い風の時代だと思いますので、女子学生の方々にもぜひ頑張っていただけたらなと思います。